広報パーソンのつぶやき

事業会社の広報担当者と広報コンサルティングの経験からコミュニケーション全般をメインに、ライフスタイル風なネタも。

FRB元議長と天才テナーサックス奏者の出会いを知る

■バンドマンだったFRB元議長

 アラン・グリーンスパンといえば、FRB議長(1987年~2006年)を務めた米金融界の大御所。その在任時の影響力は大統領をもしのぐとされます。その自伝「波乱の時代」(2007年)に少年時代に熱中していた音楽のことが書かれています。

波乱の時代(上)

 12歳でクラリネットを始め、その後テナーサックスも練習するようになります。ベニー・グッドマングレン・ミラーといったジャズのビッグバンドに熱中していました。15歳になって高校に入学した1940年、日本軍が真珠湾を攻撃した日も部屋でクラリネットの練習をしていました。

 

 高校を卒業した後、音楽学校の名門、楽団での活動と並行してジュリアード音楽院に通い始めます。先生の指示でサックスとクラリネットのアンサンブルを4人ほどで組み、生徒たちで作曲と演奏をさせるという指導していました。先生はアンサンブルメンバーの一人の少年の隣に座るようにいいます。

 

■テナーサックス奏者の天才との出会い

 その少年が知る人ぞ知るスタン・ゲッツ。「マイルス・デイビスジョン・コルトレーンと並び称されるほど、偉大なジャズミュージシャンだといわれている」、「カクテルラウンジのピアノ弾きにモーツァルトと共演しろというものだ」、「ゲッツの演奏がはじめると、私は聞きほれるばかり」と2歳下の天才サックス奏者に賛辞を贈っています。

スタン・ゲッツ・プレイズ+1

 その卓越した才能とは裏腹に、ドラッグ漬けで破滅的な生き方をしていたことでも知られています。村上春樹が著した「意味がなければスイングはない」(2005年)に書かれています。

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 素晴らしい能力をもった人物に出会ったときに思うこととして二つある、とグリーンスパンはいいます。一つは「自分も努力すれば同じ道を歩めるのではないか」そしてもう一つが、「能力は生まれつきのもので、いくら努力しても追いつけるはずがない」と。

 

 父がウォール街で働き、経営や金融に興味を持っていたグリーンスパンは、楽団の休憩時間にそうした本ばかり読んでいたと。結局、音楽の道をあきらめ、「次に目指すのはこの世界だ」と決意。高校卒業から2年後の1945年にニューヨーク大学に入学して経済学博士号を取得、エコノミストとしても道を切り拓いていきます。

 

グリーンスパンが教えてくれる 「二兎を追う者は一兎をも得ず」

 自分がもっとも情熱を傾けられそうなものだと信じて決めた進路でも、不安になることがあります。「これでほんとによかったのか」、「自分にはこの仕事の適性や能力がないのではないか」と。

 

 そのように感じた時の選択肢としてあるのは「さらに努力をする」か「別の道を模索する」かの二つに一つ。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざを思い出すべきだということがわかります。

 

 ちなみに、グリーンスパンが学生時代に所属していた楽団には「その後に有名になった人が驚くほど多い」とあります。音楽業界であれ、別の道であれ、皆それぞれの一つの道で成功しています。

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