広報パーソンのつぶやき

事業会社の広報担当者と広報コンサルティングの経験からコミュニケーション全般をメインに、ライフスタイル風なネタも。

ピューリッツァー賞の創設者と原爆投下を命じた大統領はどちらも「運のいい人」らしい

ニューヨークの自由の女神像に資金を提供したピューリッツァー

 アメリカのジャーナリズムにおける最も権威ある賞とされるピューリッツァー賞。この賞は、アメリカ有数の新聞社の社主で事前活動家のジョゼフ・ピューリッツァーの遺志に基づいて1917年に創設されたもの。来年がちょうど100周年にあたります。

 

 ニューヨークの自由の女神像といえば、独立100周年を記念して、1876年にフランスがアメリカに贈ったもの。実際に建ったのは1886年です。制作費用が枯渇していたのを見かねて、ピューリッツァーが自社で発行する新聞を使って資金集めに奔走しました。

 

 「運のいい人、悪い人」(2004年)に「運のいい人」の事例として、このピューリッツァーが登場しています。彼の功績は「たった一つの幸運がなければ実現しなかったかもしれない」。「図書館のチェス室での偶然の出会いがなければ、彼の人生はまったく違う方向に進んでいたかもしれない」と。

運のいい人、悪い人―運を鍛える四つの法則

 

 ハンガリー移民のピューリッツァーは17歳の時に渡米しました。仕事がなかなか見つからず、図書館でチェスをして時間をつぶしていたそうです。そんなある日、図書館で地元紙の編集長と知り合いになり、記者見習いの仕事に就くことに。

 

 その4年後に、ある新聞社の株を買わないかという話がピューリッツァーのもとに舞い込みます。これに飛びつき、新聞は大成功、彼は莫大な利益を手にすることになります。貧しい移民の少年が、ついには全米に知られる二つの新聞社の社主にまで上りつめます。

 

■原爆投下の命令を発したトルーマンも「運のいい人」

 先ごろオバマ大統領が、現職のアメリカ大統領として初めて広島の地を訪れました。71年にその広島への原爆投下を決断した当時の大統領が第33代ハリー・トルーマン。このトルーマン父親が事業に失敗してほぼ全財産を失った。また、自身が開業した衣料品店も不景気の波にのまれて倒産するなど、困難続きの前半生だったと本にあります。

心打たれた2人 原爆投下決断したトルーマン氏の孫ら:朝日新聞デジタル

 

 その後、判事、連保上院議員に転じたトルーマンは、フランクリン・ルーズベルトの相棒として副大統領に。ルーズベルトが大統領として二期目に入ったわずか3か月足らずで、ルーズベルトの急死によって、トルーマンが大統領に。

 

 2期目の大統領選にも「アメリカ政治史上最大のどんでん返し」で対立候補を破って当選を果たします。その数年後には暗殺されかけますが、危うく難を逃れています。

 

 この本では、紹介した二人だけでなく、様々な局面で運が大きな力を持っていることを思い知らされます。同時に運不運は心構え一つで変えられるとも。例えば、「不運を幸運に変える」法則として、4つのポイントを挙げています。考え方一つで自ら運を呼び寄せることができるということを学びました。

  1. 運のいい人は、不運のプラス面を見ている。
  2. 運のいい人は、不運な出来事も、長い目で見れば最高の結果になると信じている。
  3. 運のいい人は、ふうんにこだわらない。
  4. 運のいい人は、積極的に行動して将来の不安を避ける。

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