「初めての給料で、親に感謝の意を示そう。きっと、父や母は胸を熱くする。あなたの心は温まる。」
■「新入社員の皆さんへ」
4月に新社会人となって、初めての給料を手にした人もいるのではないでしょうか。新調したスーツに身を包んだその姿は、集団で行動していることが多いこともあって、一見してそうとわかります。
当ブログで何度か取り上げている朝日新聞の「経済気象台」というコラムがありますが、「新入社員の皆さんへ」と題したコラムが先日掲載されました。とても共感する内容でまさに新入社員にふさわしいものです。
匿名のコラムですが、署名には「玄」氏とあります。5つの話を贈っています。一つ一つ心の中でうなづきながら読みました。700字ちょっとなので、A4一枚より少ない文字数ですが、見事にまとめています。
- 長く続く新社会人向けのサントリーの新聞広告
- 玄氏が36年前の入社式で会長から送られた言葉
- 「諸君。学校出たら、勉強しよう。」という82年の日経の広告コピー
- 玄氏の経験から「いろんな人と会話をしよう」
- 「初めての給料で、親に感謝の意を示そう。きっと、父や母は胸を熱くする。あなたの心は温まる。」
これを読んで自身が社会人になったずいぶん前のことを思い出しました。当時はいわゆるバブルの頃で、大して苦もせずそれなりの大企業に就職することが出来ました。インターネットも携帯もそして「就活」という言葉すらない時代でしたが、あっという間に決まってしまいました。
■世阿弥の言葉
「初心忘るべからず」という言葉があります。室町時代に足利義満の庇護を受けて、能楽を大成した世阿弥の言葉です。若い時に失敗や苦労を忘れるなという戒めですが、必ずしも「初心」とは「若い時」に限らず、他に二つあります。それは「歳を経て積み重ねられたその時々」と「老齢期」です。
筆者が社会人になった頃は、そうした余裕も気遣いもすることができませんでしたが、今ならその気持ちがよくわかります。「初めての給料で、親に感謝の意を示そう。きっと、父や母は胸を熱くする。あなたの心は温まる。」というコラムにある言葉に深く感動しつつ、「初心忘るべからず」という言葉を改めて噛みしめています。
注目度の高い新聞の人物紹介コラム
■新聞の人物紹介コラム
新聞には人物紹介の記事がつきものです。朝日なら「ひと」、読売は「顔」、産経「きょうの人」などが、それにあたります。人物に焦点をあてたコラムは注目度も高く、読むことを日課にしている筆者のような読者も多いと思います。
取り上げられる人はもちろんですが、大勢の記者が自分の取材対象を掲載してもらおうと、売り込むようなので、記者にとっても名誉なことではないでしょうか。朝日新聞の場合、社内に選考委員会を設けて、月1回「いい人賞」を選んでいるそうです。
コラムを読んだ読者は、その人の人となりに自分を重ね合わせて共感したり、「こんな人もいるのか」と興味がそそられたりします。そうして、その人の「ストーリー」にひとしきり関心を寄せます。中には、記憶に長く残ることもあります。その一つが、「富士登山のイチロー」という記事です。朝日新聞の「ひと」欄に掲載されたことを、最近のイチローの活躍で「そういえばこんな人もいたっけ」と思い出しました。6年ほど前の記事です。
本家のイチローは、10年連続で200本安打という米メジャーリーグ記録を2010年に達成しています。一方の、「富士登山のイチロー」氏は、退職したのを機に、富士山登山の記録づくりを決意、2008年から年間200回の富士山登山を続け、記事では「1000回を達成した」ことが紹介されていました。
■富士山と「山の日」
社会人になるまで、富士山を見ることもなかった北国育ちの筆者ですが、その後、東京に出てきて、飛行機や新幹線で移動中などに、眼前に現れる富士山の姿を見る機会を何度か得ました。そのたびに息をのみ、心の中で「!」と叫びます。それほど、富士山の雄大かつ優美な姿に魅了されます。
日本人にとって富士山は昔から特別な存在です。日本最古の歌集である「万葉集」でも詠まれ、葛飾北斎の「富岳百景」、歌川広重の「東海道五十三次」をはじめとして、多くの絵画の題材になりました。
東京近郊なら、天候次第で富士山が遠望できる場所は少なくありません。通勤途中などに富士山の姿を見つけると何となく得した気分になります。現代のように高層ビルが林立する以前だったら、より身近で大きな存在だったのでしょうし、「信仰の対象」とされる理由もなんとなくわかります。
8月11日が今年から「山の日」として祝日になります。20年前にできた「海の日」に対抗してできたものだと聞いたことがあります。「なぜ、8月11日なの?」と不思議に思っていたら、朝日の記事に「学校の夏休み期間中で授業日数に影響が出ないことが決め手」になったと。さらに、「八が山の形に、11という数字が並んだ木のように見える」のだそうです。
4年に一度の「浦安三社祭」が盛大に行われました
■4年に一度の「浦安三社祭」
「浦安三社祭」が終わりました。4年ごとの開催で夏季オリンピックと同じ年に行われるのが習わしです。6月17日の宵宮に始まり、19日までの3日間、100基以上とも言われる神輿が町を練り歩く、浦安の一大イベント。神輿の数は浅草の三社祭にも匹敵するそうです。
いわば前夜祭の位置づけの宵宮ですが、神輿に御霊を入れるおごそかな儀式の場でもあります。神社境内の照明を一斉に消して、荘厳な雰囲気の中で行われます。今回、初めてみる機会を得ましたが、境内の神輿に御霊が入り、照明が再び点灯すると、大歓声に包まれます。そして、翌日の本番のために1基ずつ神社から各神酒所へと担ぎ出されていきます。
「浦安三社祭」はその名の通り、市内三か所の神社(清瀧神社、豊受神社、稲荷神社)が合同で行う例大祭です。歴史のもっと古い豊受神社は平安時代末期の1157年に創建。「夜討ち朝駆け」の保元の乱の翌年です。今回のようなお祭りの原型は大正時代に始まったのだそう。
浦安市民が多く暮らす地域は元町、中町、新町の三つに分けられます。市域の4分の3が埋立地ですが、昔からある漁師町、市内で唯一埋め立て地ではない元町が三社祭の舞台です。
神輿を担ぐときの掛け声は「まえだ!」あるいは「まいだ!」という独特なもの。喧嘩神輿や暴れ神輿と呼ばれていた頃に、前に進まないことに業を煮やして出来た掛け声。それがなまったのが「まいだ!」ですが、「舞」という意味も含まれています。
■次回開催は東京オリンピックの年
上半身を裸にした若い担ぎ手の両肩に、それぞれこぶし大のこぶができているのを見かけ、思わず「二度見」しました。見かけ以上にハードであることがこれでわかります。文字通り“肩慣らし”を十分にしておかないとケガをします。
三社祭ではありませんが、筆者も若い時分に神輿を担いだことがあります。一日担いだだけでヘトヘトになるほど体力を消耗します。初日の土曜日は真夏を思わせる天候でもあったので、担ぎ手にとっては大変だったのでは。
これまで何度か体験してきた三社祭ですが、街を彩る装飾や当日の外国人を含めた沿道の人の多さなどから、年々盛大になってきている印象を受けます。4年に一度という珍しさも手伝って、多くの市民が楽しみにしています。
東京ディズニーリゾートというキラーコンテンツのある浦安市。高級ホテルも多いので、新町地域がどうしても全国的に目立ちます。ちなみに東日本大震災で発生した液状化現象で有名になったのもこちら側でした。