広報パーソンのつぶやき

事業会社の広報担当者と広報コンサルティングの経験からコミュニケーション全般をメインに、ライフスタイル風なネタも。全国通訳案内士(英語)

「消極的な相手の意識を変える」ことの難しさ

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■対外的な広報活動における四本の串

 対外的な広報活動は縦串と横串に二本ずつの四本の串によって成り立っています。縦串をさすものとして商品広報(あるいはマーケティングPR)と企業広報(あるいはコーポレートPR)があります。そして、横串をさすものとして平時広報と有事広報(あるいはクライシスコミュニケーション)があります。

 言うまでもありませんが、商品広報は自社の商品やサービスを多くの人に知ってもらうことで、ひいては売上を伸ばすことを目的にしています。一方、企業広報は企業の経営方針や戦略を伝えることで、自社そのものの認知度を高め、ひいては信頼感や良好なイメージの醸成を図っていくことを目指します。

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 これらは平時広報と位置付けることができます。さらに、企業や商品のレピュテーションがネットの投稿ひとつで大きく傾いてしまうことがある昨今では、「平時における有事の備え」の重要性も増しています。これをしておかないと有事広報で苦労することになります。

 自社の業態がB2BなのかB2Cなのか、あるいはどのステークホルダーにどのようなメッセージを伝えたいのか、どのような行動を相手に起こしてほしいのか、といった要素でとるべき広報戦略は変わってきますが、どちらもバランスよく行っていかなければなりません。

■広報担当者と連続スペシャリスト
 以前、本ブログで「広報パーソンこそ連続スペシャリストへシフトすべし」と書きました。「ワークシフト」(リンダ・グラットン著、2012年)では、ゼネラリストを「広く浅い知識や技能を蓄える」ものと定義し、これから脱却して「専門技能の連続的習得者への抜本的な〈シフト〉を遂げる必要がある」と述べています。

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 長く広報担当者として活躍したいなら、それぞれの串を竹串からステンレスの串にしなければなりません。本には、「多くの分野について少しずつ知っているのではなく、いくつかの分野について深い知識と高い能力を蓄えていかなければならない」と書かれています。

■「消極的な相手の意識を変える」
 以前、広報活動にあまり熱心でない企業に平時広報の強化を提案したことがあります。広報の重要性はいろんな場で語られるようになり、経営に不可欠なものという認識が定着しつつありますが、中にはそうでない企業もあります。

 広報活動に消極的な理由は様々でしょうが、その会社の担当者曰く「でしゃばらないという先代の教えを守っている」と。多くの人が知っている知名度の高い企業ですが、その割にマスコミへの露出機会が極端に少ないというデータを示しながら、「もっと平時広報を充実させましょう」と提案しました。

 

 残念ながら、興味を持っていただくことはできませんでした。広報担当者の時に、「同業他社をいたずらに刺激したくない」と取材対応を断られることが何度かありましたが、それに近い印象を持ちました。

 広報活動を行う三大効果として、「①シンパシーやロイヤリティの醸成 ⇒ 社会全体」、「②ビジネスチャンスの拡大 ⇒ 消費者や取引先」、「③モチベーションの向上 ⇒ 社内」があります。

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 出しゃばらずに控えめであることは、日本人の美徳とされているところもあります。そう考えると、広報における連続スペシャリストを目指すには「消極的な相手の意識を変える」ことが、実は永遠の課題なのかもしれません。広報だけの課題でもありませんが。

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記者会見で必要な「言い訳」とは

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週刊文春の取材過程の一端を知る
 先日、週刊文春の新谷学編集長の講演を聞く機会がありました。いくつも興味深いエピソードを聞くことができましたが、その一つに舛添前都知事の辞任につながった一連のスクープ報道があります。

 取材のきっかけは産経新聞のネットニュースに出ていた「ロンドン、パリへの外遊に5千万円」という記事だといいます。そのニュースのコメント欄には読者の「けしからん」という不満が溜まっていました。新谷氏は「これは記事になる」と直感し、取材班を立ち上げました。


 都庁幹部に接触すると、「高額外遊も問題だが、公用車の私的利用の方がむしろ問題」とのコメントを得ました。そこで記者がしたことは都に情報公開請求をかけることでした。厚さ10㎝ほどのファイルの“ブツ読み”したところ、毎週のように金曜午後の定例会見後に(同氏の別荘がある)湯河原町に公用車で行っているという法則があることがわかりました。

 さらに、政治資金収支報告書などを調べていくうちに、正月の家族旅行「ホテル三日月」の宿泊代や習字練習用のチャイナ服等の経費を政治資金で充てていたことが分かりました。それだけでなく、親族からの情報提供もあって、母介護の実態の暴露にもつながりました。

 スクープを飛ばし続ける週刊文春の取材過程の一端を知ることができました。新谷氏によれば、「舛添氏の初期対応に不味さがあった」といい、さらに「最初から非を認めて謝っていたら、やめる必要はなかったのではないか」とも。確かにこの時の同氏の対応は理屈での説明に終始し、時には高圧的に記者に逆質問したりもしていました。マスコミあるいはその背後にいるステークホルダーに与えた印象は決していいものではありませんでした。

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 会見に出席していたテレビ局の記者がつい、「いつになったらやめてくれるんですか?」と聞いていたと、新谷氏が明かしていましたが、往生際の悪さばかりが目立ってしまいました。

■失敗会見の原因
 こういう時に真っ先にすべきことは「謝罪」です。「間違ったことはしていない」といくら抗弁しても、おかしなことをしていると多くの人が感じている以上すべきことは決まっています。「誰も理屈や言い訳を聞きたいわけじゃない」ということをわかったうえで対処すべきでした。

 数年前に関西のホテルチェーンがレストランのメニューと実際の食材が異なるということで問題になったことがありました。この時も、記者会見で同社の社長が「偽装か偽装でないかと言われれば偽装ではない」とか「偽装ではなく誤表記」などと強気の説明を行い、火に油を注ぐ結果となりました。

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 今年の1月に成人式に晴れ着を着ていくのを楽しみにしていた若い女性の気持ちを踏みにじった着物レンタル会社の社長会見もそうでした。「精いっぱいやった」とか「逃げていない」などといくら言い募っても、納得できるものでは決してありません。会見を行った日は成人の日から18日後だというのにです。

■「言い訳」の意味
 ちなみに「言い訳」を辞書で引くと、「そうせざるをえなかった事情を説明して、了解を求めること。弁解。弁明」とあります。さらに、「過失・罪などをわびること。謝罪」という意味もあることに気づきます。ネガティブ事案で記者会見を余儀なくされた場合、まず過失を素直に詫び、そのうえでそうせざるを得なかった事情を説明することが大事だと感じます。

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「良い会社に悪い広報なし」なのか?その2

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■「良い会社に悪い広報なし」なのか?②

 以前、企業取材歴の長い、ある新聞社の記者OBが「良い会社に悪い広報なし。悪い会社に良い広報なし」と力説していたことを書きました。「一理あるな」と思う反面、「いくら優秀な広報パーソンでも、その力量だけではいかんともしがたいのが、クライシスが発生した時」とも感じます。

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 つまり、緊急事態においても冷静さを失わずに、ステークホルダー側に立った判断できなければ「良い広報」 とは言えないのではないか、と。いくら平時のきめ細かな広報対応によって 、「良い会社」の評価を受けても、有事の際に、一度でもお粗末な対応をしてしまうと、一気に「悪い会社」に評価を落としてしまう。それを強く感じた広報対応が去年二つありました。

 

 それは、神戸製鋼日産自動車のケースです。神鋼は品質データの改ざんが複数商品で行われていました。また、日産では完成車の検査不正により大規模リコールに追い込まれました。神鋼も日産も日本を代表する企業の一つですし、両社の広報対応に好意的な見方をするマスコミは少なくなかったはずです。

 

神戸製鋼日産自動車の不祥事で感じたこと

 神鋼は10月8日にこの問題で初めて会見を行いました。8日は日曜でしたが、三連休の中日でもありました。このような日にわざわざ会見を行うのは極めて異例なことです。突発的な事故ならいざ知らず、その日にあえて行わなければならない理由は見当たりません。

 

 「前日夜に会見を行おうとしたが、外部弁護士に反対された」との新聞報道もありましたが、「土曜の夜はまずくて、日曜の(しかも三連休中日の)昼過ぎ」ならいいという理屈は通りません。せめて金曜に発表することはできなかったのでしょうか。本来、緊急記者会見は「早期収束の切り札」として活用すべきですが、神鋼の場合、10月だけで7回の記者会見を開くことになってしまい、そのたびに社長や経営幹部のお詫びが繰り返されました。

 

 日産は、無資格者による完成検査の不正に関する釈明会見を9月29日に行いました。国土交通省記者クラブで行った会見に出席したのは広報などを担当する2名の部長でした。今でも写真がネットに掲載されていますが、ノーネクタイ姿でお辞儀をする何ともしまらないものでした。

 

 その4日後に社長が100万台を超える大規模リコールを発表しますが、ここでも「頭を深々と下げることはせず、不祥事企業の「謝罪会見」とは明らかに違っていた」(2017年10月3日 産経新聞)と批判されました。

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■有事の際に真価が問われる広報部門

  「大したことはないと高をくくっていたのか」、それとも「『したことはない』という体(てい)を演出したかったのか」はわかりませんが、どちらにしても、危機意識が会社と社会で大きなギャップがあったために、問題を余計にこじらせてしまったと言わざるを得ません。

 

 神鋼は筆者が20年前に広報担当者をしていた会社でもあります。これまでも何度か大きな不祥事に見舞われたました。実際にそうした不祥事におけるマスコミ対応をしていた時期もあります。今回の不祥事は、それらを上回るダメージに違いありません。信頼回復は簡単ではないでしょうが、今後も見守り続けたいと思います。

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